平成13年9月 信濃俣河内 【前夜・一日目】
 
  
  
大雨の、大井川・畑薙第一ダムサイトには21時過ぎに到着した。
他に人の気配はなく、林道の様子を見に行った後、
ダムサイト駐車場でシートを倒して仮眠する。
 
車のエンジン音に目を覚ますと車が1台止まっており、
運転手が「やぁ、お待たせ!」と笑顔で声をかけてきた!
 
夢を見ているような瞬間であった。
渓語りの翁・瀬畑雄三師が、私達の為に南アルプスまで来てくれたのだ。
 
間もなく、仕事を終えてかけつけたDさんと一緒に、
瀬畑さんを囲んで、ささやかな宴が始まった。
 
宴が始まれば、楽しみは瀬畑さんの渓語り。
平然と話す『身も凍るようなエピソード』に、Dさんも私も身を乗り出して聞き入る。
 
四十余年もの間、険谷激流を遡り・溶け込み楽しんで来た師の話は、
経験から得た『貴重なもの』がそこかしこに散りばめられているので聞き逃せない。
次から次へと飛び出す話に、驚き、そして感心し、
ゲラゲラ大笑いして時計に目をやればもうこんな時間。
 
明日(今日?)の本番に備えて、眠りにつくこととした。
 
               
            渓語りの翁
 
 私には、憧れの人がありまして、「渓語りの翁」と
呼ばれる『瀬畑雄三』さんが、その人です。
  
 私が、釣り誌で瀬畑さんを知ったのは平成6年の事。 
 当時、既に全国の大方の深山険谷を歩き渡り、
自ら名付けた滝の名が、そのまま地形図にも採用さ
れるなど、渓流釣り界の先駆者・達人として、渓流釣
り師をはじめ、多くの人に敬い慕われていました。 
 
 私が、瀬畑さんに対する世の評価を知るのは、もっ
と後の事ですが、著書を深く読むほど実感する、自然
界に対する深い知識・鋭い着眼に、すっかり瀬畑さん
の世界に夢中になっていました。
 
 とりわけ、瀬畑さんの
● 誠実な人柄
   難解と言われ、多くの者が修得できずに断念して
  いった『和式毛鈎釣のからくり』について易しく説く
  と共に、過去、自らの達人としての地位を保つべく
  この釣りを(あえて)難解な物として世に紹介した
  者がいた事を指摘。
● 無怪我
   険谷を好み、入り浸ってきた瀬畑さんが、三十
 余年重
大な怪我をする事無く歩んできた事。
といった面に魅力を感じ、折あることに実感する『真実
・本質を見極める目・姿勢』に、尊敬の念を深めていき
ました。
 駒込の居酒屋で聞いた、瀬畑さんの『誰が何と言お
うが、俺は俺の信じた道を行く』という言葉は、決して
盲信・蛮勇の類ではなく、知識と経験・技術という裏打
ちがあって、初めて放たれた言葉だと思いました。
 
 
バサッ、バサッ。
物音に気付き、薄明かりの下に目をやれば、パッキングをしている瀬畑さんの姿があった。
必要なものを車のトランクから出し、段取り良く袋に入れザックへと詰めていく。
シーズンの大方を渓の中で過ごしている方とはいえ、非常に手際が良い。
 
見る間にパッキングは終わり、興味深々ザックを持たせていただく。
軽い!(驚)
聞けば、私達の分の食材も入っているという。
 
準備を終えたら、我々の車は信濃俣林道の崩落終点を目指す。
瀬畑さんは『崩落がひどいね。東北だと、これほどの崩落は無いよ』と話す。
 
車を止めると、数年振りの下降点を探す・・・が無い。
どこだっけ?とキョロキョロしていると、
瀬畑さんは『ここを下れるよ、ここから降りようよ』と直ぐ目の前の急斜面を示す。
 
私は、下る程切り立っていく急斜面に『コ、ココヲ下ルデスカ(驚)』と困惑し、
『チョット待ってください』と必死になって下り口を探し出した。
 
探し出した山道を下ると、どうやらさっきの斜面下に回り込んでいく。
『な、言っただろ。人が入っている山は、ああいう場所には必ず道があるんだよ。』と瀬畑さんが話す。
瀬畑さんの下り方は、細かく足を置き、決して足を滑らす事の無さそうな歩み。
自然な動作全てが、合理的で勉強になる。
 
道は間もなく吊り橋に差し掛かる。
ゆらゆら揺れながら、一人ずつ細く長く傾いている吊り橋を渡る。
    
 

千本市女傘
 

椎 茸

椎 茸
 
 吊り橋を渡ると、瀬畑さんはすぐにヒラタケを発見。
 ほうき茸やらあんず茸やらも袋に入れつつ
 のんびりマッタリ奥を目指す。        
  
 途中、毒茸と言われている『ハナホウキダケ』
 を発見。  
 瀬畑さんは『これも食える!』と断言し、
 他の茸と一緒に袋の中へと入れてしまった。

平 茸
 暫くは、だだっ広い河原を歩く。
 濁りの取れない流れを前に、程好い所で大休止。
 
 流れ脇の『川砂利から染み出す清んだ水』で
 お茶を沸かした。 
 『いい物があるよ♪』瀬畑さんのザックから、特製
 の漬物と乾燥わさび茶漬けの素が出てきた。  
 実は、わさび茶漬けがお茶代わり。
 驚きつついただいたが、これがまた美味しかった♪ 
 
 

山の幸を求めて段丘に入っていく瀬畑翁
 大休止を終えて立ち上がると、川の濁りが、
 取れていた。
 狐につままれたような不思議な気持ちで歩き
 始めた。
 
 途中、椎茸や千本市女笠の群生に嬉々とし、
 マムシの捕まえ方も教えていただいた。
 川のぶっつけにポイントが現れると、
 イワナの毛鈎釣りの指導を受ける事ができた。
 『あそこに毛鈎を打って、こう流すとあそこで
 イワナが釣れるよ。はい。』
 指導のとおりにやってみたら、瀬畑さんの言う
 一点でイワナが釣れた!
 写真を撮ろうと思い、エラに入れた親指を滑り
 止めにして岩魚を持っていると、『魚はこうや
 って持つんだよ』とエラから指を抜き、包む様
 に持つ事を勧めてきた。
 それ以降、私は魚のエラに指を入れる事を止
 めました。 
  
この年、既に一度大型台風がこの渓を荒らしていた。
渓谷のそこかしこに、大増水の傷跡が見られた。
Dさんが流れの脇に死んだイワナの稚魚を見つけた。
瀬畑さんは『自然河川で、こういった形でイワナの亡骸を見るのは珍しい』と話していました。
 
今度は、私が流れの脇に弱った岩魚を見つけた。
よく観察すると、わき腹に引っかいたような傷があった。
瀬畑さんは『鳥に襲われたんじゃぁないかなぁ』と話し、リリースしようとした私に
『もう死んじゃうと思うから、食べて成仏させてあげなよ』と促しました。
 

マムシは、こう捕まえる

あらゆるポイントを見逃さない
 
間もなく小屋に到着。
『やっと休める〜。久し振りに歩いたからへとへとだ♪』と、ゴロンとしようと思ったら、
瀬畑さんとDさんは、休まず『水の確保・小屋の整理・薪集め・かまど作り』などを始めた。
 お二人とも、とっても元気。
 
 私は、大仕事と、娘の生誕前後に家内の長期入院もあり、
前年から一年振り?の渓歩き。
 重く疲れた体に鞭打ち、斜面の上り下りに挑むも完全に運動不足。
 体がしびれる感じでした、ハイ。
 
 二人のお荷物になりながらも、とりあえずの準備を終える。
 『後は俺がやっておくから行って来なよ』と瀬畑さんに勧められ、Dさんと二人で釣りに出発。
  
水の色も水量も良い申し分無いけど、荒れた影響か反応無し。
ごく稀に魚は見えるけど、本当に少ない感じ。
この日は三ツ又で納竿とする。
 

信濃俣河内・三ツ又
 
 小屋の近くまで戻ると、森の中から
 茸を抱えた瀬畑さんが現れた。
 
 釣りはダメだった事を報告する。
 イワナは無いけど、今夜は手作りの美味しいものを
 沢山食べさせてくれると言う。
 
 とても楽しみだ♪
 
 
 小屋近くの河原には、さっきまでは無かったテントが一張り。
千葉県から来た3人の学生さんのものだった。
 
聞けば学生さん達は・・・
 
予定のテン場まで来たので休んでいたら、森の中から瀬畑さんが現れた。
『あれっ?雑誌に出ている人じゃない?』
『まさか、似た人だよ。』
『でもあの格好、本物じゃないの??』

と半信半疑で見ていたら、近づいて話しかけて来たので確認すると、
やはり本物の瀬畑さんだった!
驚いた!!
 
との事でした。
 

山の幸
  
小屋に戻ると、瀬畑さんの火起こしの実演。
ガムテープに火をつけて種火とし、
その上に束ねたまっすぐな枝を、
細い枝の束からドンドン乗せていく。
 
載せる束は、段々太い枝になっていく。
躊躇無く載せていく。
ポイントは、真っ直ぐな枝を、
全て同じ向きに乗せる事だそうな。
乗せてしまったら、火起こしの作業はおしまい。
  
特に、煙が出てきたら、
『いじってはいけない』との事でした。
こもった熱が、火を付ける(保つ)との事。
 
火が安定してきた頃・・・
 
瀬畑さんは、小屋の外にあった『ボロボロの湿ったゴミ毛布』を焚火に被せた。
次に毛布をずらし、被せる部分を半分にした。
尋常ではない高さで炎は上がり、薪の燃える音がゴーゴーと聞こえてくるようだった。
ヒラリとマントのごとく毛布をどかすと、
一瞬大きくなったかに見えた炎は普通の大きさとなる。
『こもった熱が、炎を大きくするんだ』
 
それっ!
再び、ヒラリと半分毛布を被せ、炎が高く上がり天を焦がす。
 炎の赤が、師のシルエットを浮かび上がらせる。
炎を自在に操る姿は、魔法を見ているようだった。
 
それっ!
ヒラリ毛布を外すと、炎は普通の大きさとなる。

それっ! それっ!・・・
 
 

キノコ鍋
 

ヒラタケ・シイタケの天ぷら
 
 
 その夜は学生さんと合流し、
瀬畑さんの料理を囲み、渓語りに耳を傾けつつ親睦を深めた。
 
 楽しい話に、盛り沢山の美味しい料理。
 山で食べるからではなく、本当に美味しいのだ。
 
 砂糖は『食材の旨味を閉じ込める』など、プロは調味料の味だけではなく、
効果まで承知して、味付けに使っている事を知った。
 
この夜も、瀬畑さんが話す色々な山のエピソードに一同大喜び♪
 


翁特製・手打渓うどん
 
 話しに夢中になっていると
 パンッ!パパン!
 突然焚き火の中から炸裂音がした!
 
 焚火の横に座っていた私は『うへぇ!』と驚く。
 瀬畑さんは『アッハッハ♪さっき、落ちていた
 花火を放り込んだんだ。ダイジだよ、ダイジ♪』
 と大喜び。
 
 締めは、瀬畑さんが目の前で打ってくれた
 特製・渓うどんだ。
 アッという間に、楽しい時間は過ぎていった。
 
 笑い声が聞こえなくなると、辺りを真の闇が
 包んでいく。
 南アルプスの夜は、静かに静かに更けていった。
  
 
 
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