この静かな秘峰に登りたい。 いや、登るんだ! ・・・と決心してから3日後。 夜明け前の午前3時過ぎには、静岡県の 椹島登山口に立っていた。 同登山口から倉沢沿いの登山道を利用し、 笊が岳をピストンする計画である。 本当は、上倉沢辺りで 一泊して、余裕のある山歩きをと思っていたが、 家の事情により急遽日帰りとなった。 こういう場面で我を通しきれず、今後を心配して 保身に走ってしまうのが、凡人の凡人たる所以である。 師の言葉を借りるなら 『山の神(妻)のご機嫌を損ねたら、 山歩きどころでは無いのだ。』 果たして私の体力で日帰りできるのか? 不安があったので、とりあえず行ける所まで行き、 午前11時になったら、そこがどこであろうと 下るという条件を自分に課した。 |
赤ペンキに助けられて |
ヘッドランプと、手にしたLEDランプの明りでジグザグの急坂を上がって行く。 真っ暗だから、明りが照らす目前しか見えず、上がる事だけに集中できる。 これが昼間だったら、急坂と路の先方を見ただけで疲れちゃいそうだ。 そんな事を考えながら、黙々と登る。 そのうち、路が良く分からなくなってきた。 その度に明りを頼りにキョロキョロし、斜面上方の木の幹に、 コースサインの赤ペンキを見出しては、そこを一直線に目指すといった登り方となる。 それでも1〜2度、大岩が折り重なる場所で道を間違えて進めなくなり、 少し戻っては、正しい路を行く様な事があった。 途中、鉄塔の建っている場所に差しかかった時は、人工物に興ざめする反面、 目安となる場所の通過に「道を間違えずに進んでいる証」とホッとする。 その後も、照らし出される赤ペンキを頼りに、一直線に急勾配を上がっていく。 1時間も登ると、辺りの木々の輪郭が分かるようになってきた。 夜明けだ。 そうなると明るくなるのは早い。 あっと言う間に辺りが見えるようになった。 なんと、目の前の斜面には、 「長いストロークでジグザグに上がっている登山道」があった。 自分は、登山道を無視して一直線に山を上がっていたのだ。(愕然) 大変だったわけだよ。 ここからは、適度な勾配の登山道を上がる。 すると、下の方から「ザッザッザッザッザッザッザッザッ」と、 途切れる事の無い、早いテンポの足音が近付いてくる。 そのうち姿が見えてきた。 すぐに追いつかれると思ったので休憩しながら待ち、先を行かせる事にした。 上がって来たのは一人の男性。 男性は私の前で足を止め、少しだけ話しをした。 「茶臼岳から悪沢岳まで赤石山脈を北上してきて、昨日、椹島に降りて来た。」 「今日は急いで笊が岳をピストンし、昼過ぎのリムジンバスに乗って畑薙ダムの自家用車まで戻る計画。」 との話だった。 うーん、タフガイ! この男性の後をついて行きながら、歩き方を真似してみる。 すぐに足がツリそうになって止める(苦笑) ・・・実は、以降の山歩きも「この男性の歩き方」を真似している。 ペースはだいぶゆっくりだけど、これを機に上り坂がさほど苦にならなくなり、 逆に楽しむ事ができるまでに歩き方が変わるのである。 この年最大の収穫であった・・・ 先を行く男性は、時々私の方を振り返って立ち止まる。 どうやら私を気にかけてくれている様だ。 しかし、無理してついていくつもりの無い私には、大変なプレッシャーである。 「先に行ってくださーぃ!」と叫ぶ。 男性は「えーっ?」と言った仕草を見せて先に消えていく。 |
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幻想的な空間 |
突然、シダ類が満遍なく生えている林に出た。 なだらかな起伏の林の中を歩いていると、 木漏れ日に、鳥の鳴き声だけが響いている。 幻想的で不思議な空間だ。 歩きながら雰囲気を楽しんでいると、 いつしか林を抜け、生木割への分岐も通りすぎ、 尾根の上倉沢側のトラバース道に入った。 |
すぐに最初の水場が現れた。 清らかな涼水で喉を潤す♪ この先6個所ほど水場たる沢を通過するが、 いずれも沢の前後が登り下り(下り登り?)となっている。 その他にも、このトラバース道は、垂直に切り落ちた崖の頭を渡ったり、 梯子が合ったりして退屈せずに歩いていける。 水場や見晴らしの良い場所に来ると脚が止まる。 「時間までに登頂できないのなら、それも仕方がない。」 「もう少し、周りを楽しみながら歩いていこう。」 そう割り切って行くことにした。 |
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何本目かの沢を越えて 急な斜面に切られた道を這いあがる。 登り詰めると朝日が差していた。 辺りに密生するイワカガミの葉が、陽光を反射して キラキラと輝いている。 ここは、水・空気・日差しの全てが心地よい。 「やはり、日帰りじゃあ勿体無かったなぁー。」と思った。 一応、ツエルトと最低限の調理道具は背負っているけど、 家族との約束も大事だから、 気まぐれで泊まるわけにも行かない。 |
朝日を浴びるイワカガミ |
樹間から望む(倉沢の切込み・上河内岳) |
トラバース道の途中、樹間に 大井川対岸の上河内岳が見えた。 見た時は「おぉ、あれは聖岳♪」と感動したけど、 帰宅した後で調べたら上河内岳だった。 次の展望が利く場所では、 一体どんな景色が見えるんだろう? 益々歩くのが楽しみになるが、 期待に反し、その後しばらくは展望の無い 樹林の中の歩きが続いた。 |
最後の尾根を越え、 樹林のトンネルをスタスタ スタスタ歩いて行くと、 予告無く突然と言った感じで、 明るく開けた風景が目の前に広がり呆然とする。 上倉沢源流に辿りついたらしい。 空の青・上倉沢源頭ガレの白・草原の緑が目に眩しい。 上倉沢の向こうに、目指す笊が岳が現れた。 三角形に両裾を広げ「おいでおいで」と招いている。 ふむふむ。 「正面の枯沢を上がり、左の肩の稜線に付くんだな?」 これから向かうコースを目で辿ると、 ウキウキしながら草地を下る。 草地を下りきった所で、水流の枯れた上倉沢を渡る。 対岸の段丘に上がり、段丘脇の林に トレースを見つけて歩いて行く。 林を抜けると上倉沢の更に支流の枯沢に出る。 しばらくは枯沢の中を上がって行く。 枯沢から振り返ると、大井川対岸の 赤石山脈の山並みが広がってきた。 |
突然、上倉沢に出た おいでおいでと招いている(笊が岳) |
枯沢を上がって行く |
景色が広がってきた(枯沢から望む赤石岳) |
緑のじゅうたん・茶色の踏跡 |
枯沢をしばらく上がると、マーキングに従い、 左の樹林の中に入る。 明るい林の中の、ふかふかの踏跡を辿る 気分の良い歩きが続く。 そのうち勾配が出てきた。 「これを登りきれば稜線上に出るんだな?」 そう思うと、早く稜線に出たくなり 歩が早まる。 |
椹島分岐(椹島からの登山道・稜線縦走路) |
稜線近くになったら、踏跡が分かりづらくなってきた。 折り重なった枯れ枝にもつれながら進むと、 稜線縦走路に辿りついた。 そのすぐ先が、椹島分岐だった。 椹島分岐に立つと、東に富士山が見えた。 空は白く、山々の上には雲が乗っている。 稜線の東と西では、こうも雰囲気が違うのかと驚く。 山肌を這い上がってきた風を体で感じ、 ここより東は、山梨県なんだと実感する。 分岐には、3名の登山者がいた。 大きなザックを背負い、昨夜は稜線で泊まり、 これから転付峠を目指すという。 |
椹島分岐から望む富士山 |
今いる稜線を南に進めば、 目指す山頂に立つことが出来る。 あと少しなんだと、既に山頂に着いたような 気楽な気分で出発した。 しかし・・・稜線手前で張切りすぎたのか? 大した登りじゃ無いのに脚が出ない。 少し歩いては休み、少し進んでは休む。 全然はかどらない歩きが続く。 |
疲れて、脇の葉の茂った若木を頼りにすれば、 揺さぶられた枝葉の中からは 「微小な羽虫」が煙が立つがごとく無数に飛び出した。 羽虫が顔にパラパラ当たる。 その後もしばらくは、体中に羽虫が付いていた。 「はぁー」とため息をついて上を見上げると、 日差しを受けた木々が風に揺れ、 あたかもゲラゲラ笑っている様だった。 たそがれていると、上から一人下って来た。 さっき追い越していった人だ。 帰りのリムジンバスが気になるらしく、 少し話しをしたら、急ぎ駆け下って行った。 トボトボ登って行くと、展望の真ん中に富士山があった。 私は、吸い寄せられるかのように富士山を眺めた。 いつも見ている山なのに、なぜか見飽きる事は無い。 私にとっての富士山位置付けは、 最早、心の故郷と言えるものかもしれない。 富士山は迷惑がるかもしれないけれど(苦笑) |
ゲラゲラゲラゲラ♪ 心の故郷? |
短いはずの登りは長かった。 ハイマツが現れたなと思ったら、楕円状に土・岩が露出している場所に出た。 そこが標高2629m・秘峰「笊が岳」山頂だった。 |
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山頂から望む赤石山脈 |
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山頂から見渡す山々は、 北岳から深南部の山々までが顔を揃えた南アルプスのドリームチーム。 笊が岳を訪れた誰もが讃辞を惜しまない、豪快な南アルプスの連なりがそこにあった。 |
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布引山・稲又山 |
這松尾、遠く北岳 |
笊が岳は双耳峰。 本峰「大笊」の東側に、もう一つの頂「小笊」がある。 雲が上がってきた為、山頂からの「小笊越しの富士山」は望めなかったけど、 おかげで、次回が楽しみと言うものよ♪ |
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小 笊 |
展望を楽しんだら、 コンロで湯を沸かし、コーヒーを入れた。 パンを食べて腹を満たして落ち着いたら、 自分は今「笊が岳」にいるんだという 実感が涌いてきて嬉しくなる。 たった一人の静かな山頂を満喫する。 この時期、対岸の縦走路や山小屋は、 さぞかし人ごみで大変な事だろうと、 余計なお世話的同情をする。 思い出に、色んな写真を撮りまくる。 撮りまくったけど、帰宅後確認したら 多くがピンボケでがっくりした。 なんでだろう? デジカメの扱いは難しい。 |
時刻は11時。 居心地の良い山頂とも、お別れである。 まだまだ居たいけど復路がある。 忘れ物は無いかな? 振り返った山頂の横に目をやると、 ポカリ浮かんだ雲が、夏のアルプスの山肌に影を映して遊んでいた。 |
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