平成14年8月 笊が岳 【日帰り】
 
 
この静かな秘峰に登りたい。
いや、登るんだ!

・・・と決心してから3日後。
夜明け前の午前3時過ぎには、静岡県の
椹島登山口に立っていた。

同登山口から倉沢沿いの登山道を利用し、
笊が岳をピストンする計画である。

本当は、上倉沢辺りで
一泊して、余裕のある山歩きをと思っていたが、
家の事情により急遽日帰りとなった。

こういう場面で我を通しきれず、今後を心配して
保身に走ってしまうのが、凡人の凡人たる所以である。
師の言葉を借りるなら
『山の神(妻)のご機嫌を損ねたら、
山歩きどころでは無いのだ。』

果たして私の体力で日帰りできるのか?
不安があったので、とりあえず行ける所まで行き、
午前11時になったら、そこがどこであろうと
下るという条件を自分に課した。
 

赤ペンキに助けられて
 
ヘッドランプと、手にしたLEDランプの明りでジグザグの急坂を上がって行く。
真っ暗だから、明りが照らす目前しか見えず、上がる事だけに集中できる。
これが昼間だったら、急坂と路の先方を見ただけで疲れちゃいそうだ。
そんな事を考えながら、黙々と登る。

そのうち、路が良く分からなくなってきた。
その度に明りを頼りにキョロキョロし、斜面上方の木の幹に、
コースサインの赤ペンキを見出しては、そこを一直線に目指すといった登り方となる。

それでも1〜2度、大岩が折り重なる場所で道を間違えて進めなくなり、
少し戻っては、正しい路を行く様な事があった。

途中、鉄塔の建っている場所に差しかかった時は、人工物に興ざめする反面、
目安となる場所の通過に「道を間違えずに進んでいる証」とホッとする。

その後も、照らし出される赤ペンキを頼りに、一直線に急勾配を上がっていく。

1時間も登ると、辺りの木々の輪郭が分かるようになってきた。
夜明けだ。

そうなると明るくなるのは早い。
あっと言う間に辺りが見えるようになった。

なんと、目の前の斜面には、
「長いストロークでジグザグに上がっている登山道」があった。
自分は、登山道を無視して一直線に山を上がっていたのだ。(愕然)
大変だったわけだよ。

ここからは、適度な勾配の登山道を上がる。
すると、下の方から「ザッザッザッザッザッザッザッザッ」と、
途切れる事の無い、早いテンポの足音が近付いてくる。
そのうち姿が見えてきた。
すぐに追いつかれると思ったので休憩しながら待ち、先を行かせる事にした。

上がって来たのは一人の男性。
男性は私の前で足を止め、少しだけ話しをした。

「茶臼岳から悪沢岳まで赤石山脈を北上してきて、昨日、椹島に降りて来た。」
「今日は急いで笊が岳をピストンし、昼過ぎのリムジンバスに乗って畑薙ダムの自家用車まで戻る計画。」
との話だった。
うーん、タフガイ!

この男性の後をついて行きながら、歩き方を真似してみる。
すぐに足がツリそうになって止める(苦笑)


・・・実は、以降の山歩きも「この男性の歩き方」を真似している。
ペースはだいぶゆっくりだけど、これを機に上り坂がさほど苦にならなくなり、
逆に楽しむ事ができるまでに歩き方が変わるのである。
この年最大の収穫であった・・・



先を行く男性は、時々私の方を振り返って立ち止まる。
どうやら私を気にかけてくれている様だ。
しかし、無理してついていくつもりの無い私には、大変なプレッシャーである。
「先に行ってくださーぃ!」と叫ぶ。
男性は「えーっ?」と言った仕草を見せて先に消えていく。
 

幻想的な空間

突然、シダ類が満遍なく生えている林に出た。

なだらかな起伏の林の中を歩いていると、
木漏れ日に、鳥の鳴き声だけが響いている。

幻想的で不思議な空間だ。

歩きながら雰囲気を楽しんでいると、
いつしか林を抜け、生木割への分岐も通りすぎ、
尾根の上倉沢側のトラバース道に入った。
 

すぐに最初の水場が現れた。
清らかな涼水で喉を潤す♪

この先6個所ほど水場たる沢を通過するが、
いずれも沢の前後が登り下り(下り登り?)となっている。
その他にも、このトラバース道は、垂直に切り落ちた崖の頭を渡ったり、
梯子が合ったりして退屈せずに歩いていける。

水場や見晴らしの良い場所に来ると脚が止まる。
「時間までに登頂できないのなら、それも仕方がない。」
「もう少し、周りを楽しみながら歩いていこう。」
そう割り切って行くことにした。

何本目かの沢を越えて
急な斜面に切られた道を這いあがる。
登り詰めると朝日が差していた。
辺りに密生するイワカガミの葉が、陽光を反射して
キラキラと輝いている。

ここは、水・空気・日差しの全てが心地よい。
「やはり、日帰りじゃあ勿体無かったなぁー。」と思った。

一応、ツエルトと最低限の調理道具は背負っているけど、
家族との約束も大事だから、
気まぐれで泊まるわけにも行かない。



朝日を浴びるイワカガミ

樹間から望む(倉沢の切込み・上河内岳)
 
トラバース道の途中、樹間に
大井川対岸の上河内岳が見えた。

見た時は「おぉ、あれは聖岳♪」と感動したけど、
帰宅した後で調べたら上河内岳だった。

次の展望が利く場所では、
一体どんな景色が見えるんだろう?
益々歩くのが楽しみになるが、
期待に反し、その後しばらくは展望の無い
樹林の中の歩きが続いた。
 

最後の尾根を越え、
樹林のトンネルをスタスタ スタスタ歩いて行くと、
予告無く突然と言った感じで、
明るく開けた風景が目の前に広がり呆然とする。
上倉沢源流に辿りついたらしい。

空の青・上倉沢源頭ガレの白・草原の緑が目に眩しい。

上倉沢の向こうに、目指す笊が岳が現れた。
三角形に両裾を広げ「おいでおいで」と招いている。

ふむふむ。
「正面の枯沢を上がり、左の肩の稜線に付くんだな?」
これから向かうコースを目で辿ると、
ウキウキしながら草地を下る。

草地を下りきった所で、水流の枯れた上倉沢を渡る。
対岸の段丘に上がり、段丘脇の林に
トレースを見つけて歩いて行く。
林を抜けると上倉沢の更に支流の枯沢に出る。
しばらくは枯沢の中を上がって行く。

枯沢から振り返ると、大井川対岸の
赤石山脈の山並みが広がってきた。
 

突然、上倉沢に出た

おいでおいでと招いている(笊が岳)

枯沢を上がって行く

景色が広がってきた(枯沢から望む赤石岳)

緑のじゅうたん・茶色の踏跡
枯沢をしばらく上がると、マーキングに従い、
左の樹林の中に入る。
明るい林の中の、ふかふかの踏跡を辿る
気分の良い歩きが続く。

そのうち勾配が出てきた。
「これを登りきれば稜線上に出るんだな?」
そう思うと、早く稜線に出たくなり
歩が早まる。


椹島分岐(椹島からの登山道・稜線縦走路)

稜線近くになったら、踏跡が分かりづらくなってきた。
折り重なった枯れ枝にもつれながら進むと、
稜線縦走路に辿りついた。
そのすぐ先が、椹島分岐だった。

椹島分岐に立つと、東に富士山が見えた。
空は白く、山々の上には雲が乗っている。
稜線の東と西では、こうも雰囲気が違うのかと驚く。
山肌を這い上がってきた風を体で感じ、
ここより東は、山梨県なんだと実感する。
 
分岐には、3名の登山者がいた。
大きなザックを背負い、昨夜は稜線で泊まり、
これから転付峠を目指すという。
 

椹島分岐から望む富士山
今いる稜線を南に進めば、
目指す山頂に立つことが出来る。
あと少しなんだと、既に山頂に着いたような
気楽な気分で出発した。

しかし・・・稜線手前で張切りすぎたのか?
大した登りじゃ無いのに脚が出ない。
少し歩いては休み、少し進んでは休む。
全然はかどらない歩きが続く。


疲れて、脇の葉の茂った若木を頼りにすれば、
揺さぶられた枝葉の中からは
「微小な羽虫」が煙が立つがごとく無数に飛び出した。
羽虫が顔にパラパラ当たる。
その後もしばらくは、体中に羽虫が付いていた。

「はぁー」とため息をついて上を見上げると、
日差しを受けた木々が風に揺れ、
あたかもゲラゲラ笑っている様だった。


たそがれていると、上から一人下って来た。
さっき追い越していった人だ。
帰りのリムジンバスが気になるらしく、
少し話しをしたら、急ぎ駆け下って行った。


トボトボ登って行くと、展望の真ん中に富士山があった。
私は、吸い寄せられるかのように富士山を眺めた。
いつも見ている山なのに、なぜか見飽きる事は無い。

私にとっての富士山位置付けは、
最早、心の故郷と言えるものかもしれない。

富士山は迷惑がるかもしれないけれど(苦笑)

ゲラゲラゲラゲラ♪

心の故郷?

短いはずの登りは長かった。

ハイマツが現れたなと思ったら、楕円状に土・岩が露出している場所に出た。
そこが標高2629m・秘峰「笊が岳」山頂だった。
 
   

山頂から望む赤石山脈

山頂から見渡す山々は、
北岳から深南部の山々までが顔を揃えた南アルプスのドリームチーム。

笊が岳を訪れた誰もが讃辞を惜しまない、豪快な南アルプスの連なりがそこにあった。
  

布引山・稲又山

這松尾、遠く北岳
 
笊が岳は双耳峰。
本峰「大笊」の東側に、もう一つの頂「小笊」がある。
雲が上がってきた為、山頂からの「小笊越しの富士山」は望めなかったけど、
おかげで、次回が楽しみと言うものよ♪
 

小 笊
 
展望を楽しんだら、
コンロで湯を沸かし、コーヒーを入れた。
パンを食べて腹を満たして落ち着いたら、
自分は今「笊が岳」にいるんだという
実感が涌いてきて嬉しくなる。

たった一人の静かな山頂を満喫する。

この時期、対岸の縦走路や山小屋は、
さぞかし人ごみで大変な事だろうと、
余計なお世話的同情をする。

思い出に、色んな写真を撮りまくる。
撮りまくったけど、帰宅後確認したら
多くがピンボケでがっくりした。
なんでだろう?

デジカメの扱いは難しい。
  
 
時刻は11時。
居心地の良い山頂とも、お別れである。
まだまだ居たいけど復路がある。

忘れ物は無いかな?

振り返った山頂の横に目をやると、
ポカリ浮かんだ雲が、夏のアルプスの山肌に影を映して遊んでいた。
 

 
 
 
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