平成12年8月 大井川三国沢 【一日目 二日目 三日目 四日目】
 

 
【一日目】
 
 
 今回は、前年に暴風雨で中止したコースを再び辿る。
 大井川・東俣を遡行し白峰山脈を南下、
 広河内岳から池ノ沢を下り戻る計画だ。
 
 二軒小屋には7人程の登山者グループがいた。
 東俣を遡行した後、私とは逆の赤石山脈を南下し、
 蝙蝠尾根を下ってくる予定だそうな。
 
 それぞれ別々に出発。
 抜きつ抜かれつ上流を目指す。
 

かつての作業小屋
  
東俣林道は、先日の大雨で荒れていた。
スタスタと進み、広河原をザブザブ渡渉を繰り返して歩いていく。
池ノ沢出合いを越え、その上の作業小屋で一休みする。
何だか怪しげな天気だけど、少し休憩したら小屋を出る。
 
白根沢出合いまで来ると、遠くの稜線直下に赤い屋根が見えた。
熊ノ平小屋だ。
結構奥深くまで来た事を実感する。
実は、この辺りには、今でも昔の山道が残っている。
山道に入ったり、沢身に戻ったりしながら、滝ノ沢出合いに差し掛かる
 
滝ノ沢から1時間。
東俣唯一の滝(通称魚止の滝)まで来た。
滝は右岸から巻き、その上の乗越沢出合いをテン場とし、
背負っていた荷物をおろす。
 
とりあえず、木立の中に『露凌ぎ』を張る。
ビール飲み飲み、御飯を腹に収める。
 
明日の天気はどうだろうか?
そんな事を心配しながらシュラフに入る。
 ロウソクの火がユラユラと揺れる。
暫くはラジオを聴いていたが、退屈な話ばかりなので切る。
   
シュラフに潜ると、頭の少し先を生き物が歩いていくのが分かった。
あぁ、噛まれなくて良かった♪
 
 
三国沢

寝 床 

 
【二日目】
 
 
目覚めれば、天気は良さそうだ。
御飯の残りを暖めて、ラジオの松田聖子の曲を聴きつつ食べていると、
赤石山脈グループが目の前を通り過ぎていった。
 
まだ日は差さず、ひんやりと冷たい空気が気持ちいい。
私も、足取り軽く出発する。
    

三国沢の朝

稜線が見えてきた
 
三国沢は、思っていたよりも懐の浅い沢だ。
スタスタ歩いて行くと、いつの間にか間ノ岳沢(農鳥沢)出会いに到着した。
ここは一つの目的の場所だった。
感慨深く、辺りの風景を眺める。
俗説だけど、この付近が『日本の魚族が生息する最高標高地点』と言われている場所だ。
泊まりたいところだけど、日程の都合もあり先を急ぐ。
   

間ノ岳沢出合い直下

 
間ノ岳沢出合いを通り過ぎ、三国沢を忠実に詰めて行く。
極端に水量が減る。
勾配も急になってきた。
 
途中、獣の雰囲気が強い場所に差し掛かる。
草を食べた跡・足跡・ホカホカの糞があり、直ぐそばに居るのが分かった。
わざと音を立てながら進む。
辺りにはフキが群生していた。
そう云えば、こういう場所を好み出没すると聞いたことがある。
   

三国沢

フキの群生
 
グングン高度感が増していく。
水流が心細くなってきたので水を汲み、一休みして食事にする。
素晴らしい眺めに、尻から根っこが生えそうだ。
   

東俣を見下ろしつつ休憩

見上げれば、もう少しで森林限界
 
腹を満たしたら、再び喘ぎ登り始める。
下ばかり見て歩いていた。

アレツ?と思ったら、突然森林限界を抜け出していた。
そこは間ノ岳南面の巨大なカール地形。
 辺りは、どこまでも大らかな自然の庭園。
 
風の音と、稀に落石の音しか聞こえない
不思議な世界がそこにあった。
 

間ノ岳南面

間ノ岳南面

大井川、最初の一滴

自然の庭園
 
登山道(巻き道)に出た所で、何だか雲行きが怪しくなってきた。
稜線は、既にガスの中。
稜線へ詰め上がるのを止め、農鳥小屋に向けて巻き道を行く事にした。
 
遠くハイマツの中に、黄色いカッパを着た登山者が見えた。
すれ違う時、言葉を交わす。
どこから来て、どこに行くのかを聞いてきた。
話をしながら、私の服装を観察していた。
 
『遭難事故が起きた時の為』と察し、私も同じ様に観察し、
同じ様な事を聞き返す。
 
互いの無事を願い、それぞれ別々の方向に進む。
 

東俣遡行が終わってしまった

巻き道
 
ハイマツの中の、登り下りを繰り返す。
高い場所に出てホッとすると、登山道の先に雷鳥がいた。
初めて見る雷鳥に感激した。
 
その雷鳥の近くには、もう一羽小さな雷鳥が居た。
私が登山道を進んで行くと、2羽の雷鳥は、私から逃げるように先へ歩いて行ったが、
そのうちに、大きい方の雷鳥が意を決したように立ち止まり、
突如私に向かって歩いて来た。
 
子どもを逃がす為、自らが囮になったのか?
雷鳥は、私の横を擦れ違ったが、私から顔を背けて目を合わさなかった。
 
恐怖を我慢して、子を思う必死の思いで向かって来たのかもしれない。
 
私にしてみれば、雷鳥を遠くから撮影後、登山道を進んで行っただけなのだけど、
雷鳥には申し訳ない事をしてしまった。
 
本当に申し訳無い。
 

雷 鳥

目を背けて擦れ違う
 
実は、雷鳥の心配をしている場合じゃなかった。
空はどんどん暗くなり、そのうちに、突然土砂降りになった。
 
既にカッパは着ていたけど、そのうちに雨はアラレとなり、体に叩きつけてきて痛いの何の。
更に、積もったアラレは、辺り一面真っ白にしてしまった。
 
下を向いて、急勾配を上がっていると再び雨、土砂降りになった。
白峰稜線に出て南に進路を取る。
『あと少しで山小屋だ』
そう思った時、遠くでカミナリが聞こえた。
 
『マズイ』と、慌てて目の先の農鳥小屋へ向かう。
小屋の敷地に入ってホッとし、立ち止まった時・・・
 
・・・小屋の避雷針に、轟音と共に稲妻が落ちた。
避雷針から、私の方に小さな稲光が飛んで来るのが見えた。
帽子天頂の金具付近に飛んで来たと思った。
天頂にショックが走った。
ショックの直後、目の前が一瞬青白くなった。
私は『あーーーーっ!』と声を上げ、気が着くと、土砂降りの中、地面に伏せて倒れていた。
 
頭の天頂が、ジンジンしていた。
柔軟な樹脂で作られた眼鏡が、鼻の金具の所で二つになっていた。
フラフラと歩きながら、小屋の前にいた従業員に事情を話す。
暫く小屋の中で静かにし、落ちついた所で申し込みの手続きをした。
 
眼鏡は、持参のテーピングで補修したが、曲がってしまって具合が悪かった。
  

  
【三日目】
 
 
『バカども起きろー!』
小屋のご主人に、全員起こされる。
 
私は、朝食を頼んでいなかったので、レトルトのカレーを暖めて食べた。
横で寝ていたどこかの子どもが、私を指差して『おじさんカレー!カレー!』と、
私がカレーを食べる様子を見て笑っていた。
 
外に出ると、とてもイイ天気♪
山はいいなぁ。
空気も美味しいし、景色も最高♪
女の子なんて、全員美人に見える。
農鳥ーヘップバーン?
 この日は、それ以降このくだらないダジャレが頭から離れなかった(笑)
 

農鳥小屋の朝

西農鳥岳から間ノ岳方面
 
西農鳥の登りは辛かった。
でも、歩く度に広がる展望が、私の足を前に進めてくれた。
 
農鳥岳付近からは、昨日東俣から見上げた『熊ノ平小屋』を、見おろす事が出来た。
その向こうには伊奈谷が。
 

未だ日が差さぬ、三国沢源頭

乗越沢の切込みと熊ノ平小屋
 
南へ目をやれば、塩見岳、蝙蝠岳、悪沢岳・・・。
近くて遠い、南ア南部の山々が一望できた。
 
今回のコースは、何年か前に関心を持ってから山というものについて調べ、装備を揃え、地形図の見方を憶えた。
山岳会にも入っておらず、山屋でもなんでも無い私にとっては大変な労力でした。
ただ、地形図を何度も目で辿ったおかげで、
机上で想像したとおりの地形を、目にした喜びはひとしおでした。
逆に、人に連れて来られたような来方だったら、
これ程までの嬉しさは無かっただろうなと思いました。
   

塩見・悪沢・蝙蝠

滝ノ沢

富士山

白峰山脈
  
大門沢下降点で、遭難碑に目を通した。
山は厳しいものだな。
ガランガランと鐘を鳴らし、白峰三山縦走路から外れて広河内岳を目指す。
楽しい雲上散歩も、残り後わずか。
風景を目に焼き付けながら、トボトボと南に進む。
 

北 岳

大門沢下降点、広河内岳・大篭岳方面
 
 

大門沢

ヘリが上がってきた
 
何度か登り下りを繰り返して広河内山頂に着くと、既にそこはガスの中だった。
 
ヤバイヤバイ
 
昨日の事が脳裏によみがえった私は、急いで池ノ沢に向かって下り始めた。
結構急な勾配である。
 

塩見岳

広河内岳山頂

 
 

池ノ沢源頭
 暫く下ると緩やかな下りとなり、ハイマツが現れる。
 小鳥たちのさえずりが聞こえる。
 
 間もなく、水が湧いている場所に差し掛かる。
 これは甘露と、喜び口に含む。
 
 すべる草地に四苦八苦して、這いつくばった地面に
 キャンディーの包みのゴミを発見し、そこから先は、
 キャンディーのゴミを拾いつつ進むようになる。
 
 こんな素晴らしい所に来て、何故ゴミを捨てる?
 とても悲しい気持ちになったが、私が拾えば次に
 来た人はきっと。。。
 
 
再び水音が聞こえてきた。
南アルプスの瞳・池ノ沢池だ。
湖畔に立つと、何とも言えない奥深さと、神秘的な雰囲気があった。
水は清み、豊かな緑が湖面にまではみ出している。
再び訪れたときには、是非一夜を過ごしたいと思った。
それほど素敵な場所だった。
 

池ノ沢池

池ノ沢池
 
池を後にする時、とうとう雨粒が落ちてきた。
その雨は、暫くすると雷雨になった。
雷の音を聞くと、身がすくんで体が重くなるのが分かった。
何とか、無人の池ノ沢小屋に辿り着いた。
濡れた服を着替え、ありったけの物を放り込んだラーメンを作った。
聞けば、皆さん驚くようなラーメンだけど、
これが意外と美味しく元気が出た。
 
以後、私の定番となるこのラーメン。
いつか機会があったら紹介します。
 

 
【四日目】
 
起きたら、二軒小屋目指して下り始めた。
ゆっくり休んで元気一杯である。
 
二軒小屋の手前で、赤石山脈グループと一緒になった。
お互いの健闘を称え合い、帰路についた。
 

農鳥小屋のご主人と

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